教団

日本のバランサー勢力の変質New!!

公明党が結党されたのは1964年、以来62年がすぎる。 当初は野党時代が長かったが、初めて与党の一角に入ったのは約30年後の1993年だ。 それまで一貫して反自民で進み、反自民政権の中に入った。社会的には安定していた時代 […]

続きを読む
佐藤優氏と創価教育

本日付聖教新聞に元外交官の佐藤優氏の講演内容が掲載されていた。 現在の小中学生の受験状況を踏まえ、会員のお母さんたちを対象に講演した内容だが、中学校受験の意味について、「勉強嫌いにさえならなければ、私は中学受験をする意味 […]

続きを読む
最悪の事態で就任受諾した池田会長

7月3日は創価学会においては2つの意味をもつ。 小説『人間革命』の冒頭で描かれる1945年7月3日の戸田城聖理事長(その後、第2代会長)の出獄の日であり、さらには1957年の同じ日、後に第3代会長となる池田大作参謀室長が […]

続きを読む
戸田会長就任から75年

創価学会の「正月」と規定される5月3日である。戦後の昭和26年を起点にすれば、75周年の日となる。 1951年のこの日、日本でまだ占領統治がつづいていた時代、東京墨田区で、第2代会長の就任式が行われた。 戦後、多くの新興 […]

続きを読む
国家百年の大計

第2代戸田城聖会長は政治に関する発言として「国家百年の大計」を残している。だが実際は、現状の公明党に関してもっとも相反する言葉となっている実態がある。 教団は公明党の議席を教勢のバロメーターとしてとらえ、同党の勝利が教団 […]

続きを読む
平和勢力としての創価学会

このことは何度も繰り返して書いてきたことだが、もう30年以上前、創価学会の池田名誉会長は「もう(日本は)戦争は起こせない」といった趣旨のことを語ったことがある。 日本で創価学会員が1割勢力となり、平和勢力としての基盤とな […]

続きを読む
「政治は技術」の遺訓を残した戸田会長

創価学会の第2代会長が亡くなって68年となる朝だ。4年後の同じ日、公明新聞が発刊された。本日付公明新聞の社説には「創刊64年」の文字がある。 公明党は池田第3代会長の時代に結成されたが、構想を温めたのはその師匠である戸田 […]

続きを読む
1995年のきょう

個人的な話だが、朝はNHK-BSで早めの朝ドラを見ることが多い。そのままつけていたら31年前の地下鉄サリン事件を題材にした「アナザーストーリー」が始まって、しばし見入ってしまった。 あの日の記憶はいまも鮮明だ。 私はある […]

続きを読む
内面に巣食う悪

創価学会の第2代戸田会長が教団の拡大とともに同じ宗教地盤から各級議員を輩出することを決断したとき、初めて立候補する弟子たちを相手に、崖から突き落とす思いであったことはよく知られる。 この中からいったい何人が「本物の弟子」 […]

続きを読む
門田隆将こと門脇護が30年前に行ったこと

1996年2月15日から数えて30年をすぎる。 この日、「週刊新潮」では元北海道の創価学会女性幹部を称する女性の手記が掲載されていた。内容は自らが教団指導者に暴行されたとするもので、当時の教団バッシングの流れの上になされ […]

続きを読む
右傾化にブレーキもたらす構造転換

自民党と26年寄り添った公明党が連立解消しただけでなく、このほど異例の通常国会冒頭解散を引き金に、立憲民主と新党結成した事実はこの国のバランスを大きく戻すことにつながる。 もともと公明党の支援団体である創価学会も、特に第 […]

続きを読む
人間が先か、制度が先か

かつて戦後のまもない時期、資本主義と社会主義の思想的対立が最大争点となってきた時代がある。その後の「歴史経過」という“事実上の実験”によって、社会主義は敗北したことになっている。 一時期は「世界人口の半分以上をしめる」( […]

続きを読む