創価学会の第2代会長が亡くなって68年となる朝だ。4年後の同じ日、公明新聞が発刊された。本日付公明新聞の社説には「創刊64年」の文字がある。

公明党は池田第3代会長の時代に結成されたが、構想を温めたのはその師匠である戸田会長だった。その意味では戸田会長が“構想”し、池田会長が“執行”した多くの成果の一つに位置づけられる。

戸田会長が将来の同党に遺した言葉は多くない。敢えて挙げれば、「国家百年の大計」「政治を浄化する」、さらに「政治は技術」といったものだ。

「政治は技術」は、政治は国民を幸福にするための技術という意味にほかならない。

公明党は国政与党に23年の長きにわたり関わりつづけたが、結論として大きな成果を残せなかった。端的な例は、少子化問題を解決できなかったことだ。戸田会長の言葉に従えば、「技術がなかった」「技術が足りなかった」ということになる。

そのため現在の同党および中道は、この立脚地点から謙虚にスタートすることがふさわしい。

なぜ少子化問題ひとつ解決できないで終わったのか、という反省である。

逆にそれがなければ、仮に数年後、政権を担う立場になったとしても、確たる結果は同じように残せないということになりかねない。

23年間国政与党にいた弊害は、“与党ボケ”、さらには“権力ボケ”に蝕まれる立場となり、本人たちがそれに気付いていないくらいに無自覚な状況にあったことだ。

野党に下り、新党(中道)を結成したことで、野党の立場に縛られる成り行きとなったことは、むしろ仏法上の「御仏智」(=必然的な結果)に近い。それゆえに、いまの苦しいこの時期こそ、もっとも重要と強調するのはそのためだ。

“雌伏の時”であり、今どのような(謙虚な)心境で将来を見据えているかで、すべての未来が決せられる。

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