公明党が結党されたのは1964年、以来62年がすぎる。
当初は野党時代が長かったが、初めて与党の一角に入ったのは約30年後の1993年だ。
それまで一貫して反自民で進み、反自民政権の中に入った。社会的には安定していた時代といえる。
一転、その自民党と共に政権を組むのはそれから6年後の1999年だ。
以来、2025年までの26年間、うち23年は自民党と連立政権を維持する。
つまり、1999年以降、公明党は反自民から自民党アシスト勢力に大きく転じた。
社会のバランスが変化したことは、必然の理である。
特に歴史認識問題では極右傾向が強かった長期にわたる安倍政権との蜜月関係が、日本社会を大きく変容させ、ヘイトが蔓延し、歴史的規範が崩れる結果をもたらした。
ひとえに、公明党というバランサーの立ち位置が、もたらした必然的結果と私は見る。
2025年10月、同党は自民党政権から離れ、それまでの仇敵であった立憲民主党と手を組む。
以来10カ月。骨身にしみた与党的振る舞いと意識がなかなか抜けないまま、立憲との信頼醸成が図られつつあった議員間交流に変化が生じる。
現在、日本は「戦争前夜」(本日付東京特報面)になぞらえられる。「1930年代と今が重なって見える」(同)と指摘されるファシズム期に突入している。
だが公明党のバランス変化は、ファシズム時代をさらにアシストする働きをすることにつながる。
極めて厳しい「難所」に差し掛かったと見るべきだろう。

