武術に親しんでいると、その概念が政治などにも応用できることにしばしば気づくことがある。
専守防衛などはその最たるもので、武術では相手の攻撃しようとする電気信号をあらかじめ察知して、逆にこちらが先に攻撃を入れる。
これは武術的には「先制攻撃」とはならず、「後の先」(ごのせん)といった言い回しで表現される。
要するに先に攻撃しようとしたのは相手であり、その攻撃を避けるために、相手より先に行動し、ダメージを避けるという図式になる。
敵基地攻撃能力でも似たような当て嵌めが可能だが、ここでの本題はそれではない。
中道改革連合がもはやにっちもさっちもいかなくなっていたのは、武術的には「居着いた」状態であったことを意味する。
「居着く」というのは、もはや行動しようとしてもすぐには動けない「死に体」(しにたい)の状態であり、武術においてはすでに「死」や「負け」の状態のことだ。
中道がその状態に陥ったのは、やはり総選挙で惨敗したその時点と見られる。
つまり、同党が継続するための勝機は「それ以前」にしかなかったのであり、具体的には同党立ち上げの時期にあったことは明白だ。
より具体的には「党名」「政策」「選挙戦略」にあったと見られる。
さらには立憲と公明の合流による政権交代を視野に入れた動きが、政権与党側の本気度をマックスまで引き上げたことも大きい。
むしろステルス作戦的に大々的に打ち上げずにやったほうが作戦的にはベターだったかもしれない(現実的には難しかっただろうが)。
私個人はやはり政策の出し方に第一の勝負点があったと感じる。
具体的には「原発」と「沖縄」だ。
原発のリプレイスについては会見では口を濁したような点があったが、やはり立憲側の廃炉する分は増設せず⇒いずれ原発ゼロ、に寄せるべきであったといまも確信している。
見せ方次第では、立憲票の200万程度が逃げなかった可能性がある。
あとは「沖縄」だ。
会見の際、沖縄の地元紙記者(琉球新報だったが沖縄タイムスだったかは覚えていないが)の質問に、安住共同幹事長がかなり安易な回答をしていた姿が印象的だった。
要するに、与党になれば、辺野古移設には賛成するのは当然といった物言いだったからだ。
公明党の支援団体が選挙で応援してくれるのは、機関決定されればむしろそれほど困難ではなく、問題は立憲支持層をつなぎとめるという一点に勝敗の分かれ目があった。
この点を立憲最高幹部はないがしろにし、公明最高幹部も十分に注意を払わなかった。
勝負は紙一重の部分で分かれたというのが、今さらながらの当方の見解である。

