公明党

東日本壊滅を教訓化しない公明党New!!

今回の中道改革連合が失敗した根本的な要因は、間違った基本政策を立て、それを相手に押し付けたことにあったと総括する。 東日本大震災で日本の半分が壊滅直前に至った原発事故からわずか15年。 あのとき4号機プールにたまたま水が […]

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日本のバランサー勢力の変質New!!

公明党が結党されたのは1964年、以来62年がすぎる。 当初は野党時代が長かったが、初めて与党の一角に入ったのは約30年後の1993年だ。 それまで一貫して反自民で進み、反自民政権の中に入った。社会的には安定していた時代 […]

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大局観なき政治New!!

今の公明党は見ていられないくらいの状況ですね。 3党合流がかなわなくても、やらなくていい中道からの「離脱」を敢行。 大きな塊で高市政権に対峙するという「大目的」を自ら崩壊させ、腰の据わらないブレブレの政治姿勢。 根底にあ […]

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揺らぐ党と揺らがない党

先月半ばごろ、全国で党内ヒアリングを行っていた立憲の田名部幹事長はさぞかし苦悶の表情をしているのかと思えば意外にすっきりした立ち振る舞いが顕著であったので、どちらかに振り切れているのだろうと勝手に想像していた。 つまり、 […]

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公明党の転換点は2022年

国政公明党がどの時点から道を誤ったのか。自分なりに分析して出た結論はやはり2022年だ。 この年の2月にウクライナ戦争が始まり、7月には安倍元首相が奈良県で遊説中に暗殺される。 年末に安保3文書が10年ぶりに改訂されたが […]

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西田幹事長の印象

政治分野を取材して多くの人が公明党議員に感じることは、同党国会議員の金太郎飴的な性質である。 有名大学卒、立派な肩書、人格者。そこに突出した個性を感じられない。 草創期の公明党は異なった。「うどん屋のおやじ」が衆議院議員 […]

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寛容の精神が必要なとき

まだ予測の段階にすぎないが、本日付毎日のみが「立憲 早期合流断念へ」との短い記事(3段)を東京本社版1面で報じた。 すでに想定されていたことではあるが、さまざまな思いが去来する。 1月の中道改革連合の結成自体、同党の多く […]

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公明党はいつから“変質”したか

誤解を恐れずに申し述べれば、私は現在の公明党が立党精神を正しく体現した政党とは捉えていない。要するにどの時点かで“変質”してしまったと認識している。 それがどの時点かを、個人的にしばしば思い巡らせてきた。 結論からいえば […]

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生命尊厳と逆行する公明党

立憲民主党の前身である民主党がわずか3年4カ月の期間とはいえ、政権の主体を担った歴史は重要だ。その間に東日本大震災および福島第一原発事故という未曽有の事態を経験した。 ことし2月の総選挙では惜しくも落選したが、当時の官房 […]

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公明側の傲慢と過信

2月の総選挙で中道改革連合が大衆の支持を得られなかった原因をさまざま考えてきたが、私なりの結論はやはり、立憲・公明両党の関係が「対等でなかった」ことに尽きると考えている。 立憲からすれば、常々こっちの側にいてくれればと願 […]

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公明党の進路

2月の総選挙で中道改革連合が壊滅的な敗北を喫したことで、公明党の進路は2つに分かれた。 一つは中道3党の合流を粘り強く押し進め、いずれは自民党に代わる政治勢力として政権交代を果たし、自民党にはできない多くの政策を実現して […]

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落ち着くところに落ち着く多様性

坂口元厚労相の訃報に接した。 当時のニュース映像を目にした中で、浜四津敏子代表代行がピンクのスーツ姿で颯爽と歩く場面が目にとまった。 当時の公明党はまだ人材がいた。安心感があった。政府与党の葛藤があった。多様性があった。 […]

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