政治分野を取材して多くの人が公明党議員に感じることは、同党国会議員の金太郎飴的な性質である。
有名大学卒、立派な肩書、人格者。そこに突出した個性を感じられない。
草創期の公明党は異なった。「うどん屋のおやじ」が衆議院議員になった時代であり、現在に比べれば多様性に溢れていた。
いまはその多様性が失われ、エリート秀才が多く、印象としては「小粒化」している。
多様性が残っていれば、交渉に極めて秀でた人物など、一人一芸の要素と可能性が広がった可能性があるが、現状はそうでない。その意味で、多様性の乏しい集団はけっして強くない。
西田幹事長は2月の総選挙において、中道改革連合の共同幹事長をつとめ、選挙の裏方を担った。
幹事長は選挙の最大責任者であり、勝利に貢献することもあれば、逆もある。
もう一人の共同幹事長は立憲民主党側の安住という人だったが、この方はいまは遁走して、表に出てこない。
さらに西田幹事長は今回の3党合流においては、立憲側との重要な「交渉窓口」でもあった。
結果的に、合流の道筋をつけることはできなかった。
さかのぼれば、自公連立時代、東京ブロックで2つめの小選挙区を公明党で設定する交渉を自民党と行った際、選挙対策委員長として動いたが、こちらも結果を残せていない。
当時の石井幹事長の「(東京の)自公の信頼関係は地に堕ちた」発言はあまりに有名だ。
公明党は議員団の構成を再検討する必要を感じる。

