公明党

公明側の傲慢と過信

2月の総選挙で中道改革連合が大衆の支持を得られなかった原因をさまざま考えてきたが、私なりの結論はやはり、立憲・公明両党の関係が「対等でなかった」ことに尽きると考えている。 立憲からすれば、常々こっちの側にいてくれればと願 […]

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公明党の進路

2月の総選挙で中道改革連合が壊滅的な敗北を喫したことで、公明党の進路は2つに分かれた。 一つは中道3党の合流を粘り強く押し進め、いずれは自民党に代わる政治勢力として政権交代を果たし、自民党にはできない多くの政策を実現して […]

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落ち着くところに落ち着く多様性

坂口元厚労相の訃報に接した。 当時のニュース映像を目にした中で、浜四津敏子代表代行がピンクのスーツ姿で颯爽と歩く場面が目にとまった。 当時の公明党はまだ人材がいた。安心感があった。政府与党の葛藤があった。多様性があった。 […]

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公家体質が政党をダメにする

過去に自分の力で、つまり総選挙において最大議席を獲得して政権交代を果たしたのは、民主党政権だけという認識でいる。 1993年の細川連立政権は、自民党が過半数割れを起こし、野党をつなぐ動きがあり、それが成功したから起きた政 […]

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公明新聞の取り組み

毎朝在京6紙プラス政党機関紙2つに目を通すが、本日付の公明新聞は〈おやっ〉と思わせるものだった。 記者がコンビニも病院もないような島に取材に行き、その場所で活動する島で最初の女性町議(公明党)に密着ルポした記事である。 […]

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センターピンとしての公明勢力

日本社会が右傾化するか左傾化するか、その重要なキャスティングボートにいるグループを私は公明党勢力だと思っております。 公明党が国政の野党で、左派と同調していた時代は、朝日新聞が信頼され、日本社会はその方向で安定していまし […]

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井上毅の亡霊

皇室典範改正が男系男子に固執する明治国家の理念で形成される由来が指摘されている。 さらには史実の上では、男系男子で天皇が維持されてきたとの説は「妄説」にすぎず、古い時代には男系男子どころか、血統主義ですらなく、「実力によ […]

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公明党が役人化した背景

草創期の公明党は広く世間に評価された時代があった。 「大衆の党」として船出し、当初は一定の成果を目に見える形で成し遂げていったからだ。 現在の公明党と当時の同党の最大の違いは、役人気質化したことである。 近年、国政では与 […]

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大衆の側か、権力の側か

9月13日の沖縄県議選において、公明党は玉城デニー現知事の対抗馬にあたる候補者を推薦する見込みであることが2日前に報じられていた。 もともと辺野古新基地移設工事を所管する国土交通大臣を同党で歴任させてきた手前、辺野古基地 […]

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「史観」の重要性

公明党設立を構想した第2代戸田会長はしばしば「史観」の重要性に言及した。政治家に限らずだ。 特に国民の将来を担う政治家たちにとって、歴史をどのように理解するかという側面は必須である。 戦後日本の背景には、そのアンチテーゼ […]

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日本のトマホークは公明党の実績

あまり広く報道されていないが、2022年、ロシアがウクライナ侵攻を行った年末に行った安保3文書改定において、敵基地攻撃能力(反撃能力)が認められ、米国から大量のトマホークを購入することになった。 主導したのは自民党と公明 […]

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言葉でなく行動で判断せよ

公明党の草創期を知っている、あるいは調べたことのある人には理解できると思われるが、同党の草創期は「進取の精神」に溢れていた。それは「世直しの魂」と言い替えることも可能で、旧来の自民・社会のなれ合い政治の世界に、庶民の心を […]

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