立憲民主党の中道への8月合流がなくなったことで、次の焦点は中道改革連合本体に移る。
立憲側の合流慎重の背景には、そもそも論として、中道の求心力低下があり、中道のイメージが上がらないことにはどうしようもない構造がある。
私が中道の一凶と考えているのは、やはり当初の政策だ。
特に原発の新設容認にカジをきった公明党側のスタンスをそのまま反映した政策体系のままでは、同党が浮上することは不可能に思えてならない。
なぜならこの問題は、単に一つの政策にとどまらず、政党としての有権者に対する基本姿勢を反映するものであり、ひいては科学的知見、世界平和への基本スタンスと“連動”するからだ。
その意味で、単なる一つの政策とはみなせない「象徴」ともいえる。
特に公明党は「生命尊厳」の基本思想をもつ支援団体に支えられてきた歴史をもつ。
2011年の原発大事故で、原子力がもはや真逆の代物であることが証明された「後」にも関わらず、同党が原発回帰に流れた過程は無視できない。
同党の立党理念が“変質”したからと指摘するのは、理由のないことではない。
権力の魔性に誑かされた一念の狂いを是正しない限り、中道が世間から認められる道はないと考えている。

