企業・団体献金の問題は今後の改革を占うバロメーターだ。

本来なら今年前半の石破内閣の時点で、3月までに決着をつけるというのが規定路線となっていた。だがズルズルと先延ばしし、現在は、公明党と国民民主の“中途半端な案”が俎上にあがる。自民党はこの案すら吞もうとはしていない。立憲民主はこの案に賛成の方向だが、臨時国会では公明・国民民主案は採決にも至らなかった。

今回国民民主が年収の壁問題の前進に伴い、自民党への接近度を強めている。国民民主を野党側につなぎとめておくかどうかは、非自民非共産政権を展望する際には不可欠の要素となるが、国民民主はまるで糸の切れた風船のような状態で、フワフワと“民意掬い”のゲームに浮かれている。

企業・団体献金はもともと賄賂性をもつお金だ。何の見返りも求めず、金だけを出す団体がこの世に存在するわけがない。この問題は30年前の議論に一旦戻すことが肝要で、公明・国民民主のような折衷案はむしろ害悪とも思える。

私は公明党が本来、3月決着を前に、きちんと廃止の筋論を提起しておいたほうがむしろ構図がはっきりしていたと考える者だ。

重要なことは改革マインドの真実性である。

公明党あるいは前身団体である公明政治連盟が出現したときの同党は、こうした改革マインドに溢れていた。いまは与党ボケしてしまったのか、その部分が非常に弱い。必然的に世論の圧倒的な支持も集まりにくくなる。

原点に戻るということは、国民目線に戻るということであり、その国民目線は庶民のまなざしにほかならない。不正を排し、公正を基とした社会づくり。

その意味では地球温暖化を放置するトランプ政権に対し、本来の筋論を突きつけて行くトンガリ度が必要だと思う。国内政治に没頭しているレベルでは、地球は壊れる様相となるばかりだ。

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