私は世間的には「左」と称される立場であり、安倍元首相についてはこれまでも糞味噌にけなしてきたほうだが、この人が人間的におかしかったと認識しているわけではない。
その点は、安倍晋三を利用して雑誌づくりをしてきた花田紀凱氏に関してもまったく同様だ。
人間的にはごく常識的な人柄だと感じる。
ただし、政治家も、言論人も、この世の中に与えた「結果責任」は当然ながら生じる。
安倍晋三は人柄はまともであったとしても、歴史観は極端に狂っていた。
その狂った歴史観の上での各種政治の実行が、この国を大きく方向転換させた「結果」は当然ながら責任を伴なう。
一方、花田氏は歴史観が狂っているわけではないようだが、その狂った歴史観を「利用」して、雑誌販売の商売をこれまで続けてきた。
結果、この国では事実と異なる間違った歴史観が広く定着することになった。
恐るべきことである。
認識が狂えば、国全体を狂わせることにつながる。
拙著『右派論壇誌の研究 花田紀凱と愛国商法』は、そうした結果責任について、書きとどめた一書である。
人を憎まず、罪を憎む。
政治家も、言論人も、問われる対象は同じである。

