防災庁が発足する本日付の日経1面トップは、「原発建設、世界で急増」の見出しだ。
世界で現在443基の原発が稼働し、さらに世界で79基が建設中と報じている。
「2040年ごろには600基以上が稼働する可能性がある」とも伝えている。
原子力発電の問題は複数あるが、一つは一度事故を起こすと人間に制御できないレベルに至りかねないことだ。
東日本大震災はその一例だったが、最悪の場合、核兵器を使ったのと同じレベルの被害が出かねない。
その意味で、核兵器に反対しながら、原発を容認するような平和運動があるとすれば、それは欺瞞なのである。
話を戻すが、もう一つの大きな課題は、原子力発電を運転することに伴って排出される有害な「核のゴミ」の処理方法がいまだ確立されていないことだ。
「核のゴミ」を「汚物」に例えると、世界で443基の原発が稼働するのと比例して、「汚物」が増えつづけ、置き場もなく放置されている状態だ。
要するに地球には「汚物」の腐臭が漂っている。
日本では2011年3月以降、「原発はもう無理」という国民世論がしばらく保たれた。
小泉純一郎元首相は「原発は安全」と官僚から騙されたことを憤慨し、脱原発路線を取るよう当時の安倍首相に進言したが、経産省内閣に依存する安倍にはそれができなかった。
連立を組む公明党も、保身のため、忖度して口をつぐんだのが実情だった。
現在の公明党は、この“忖度路線”から、今もまったく変化していない。
ニュー公明党が“変革の狼煙”をあげるのであれば、まずは政策の変更からだ。
原発を容認する「生命尊厳」など、所詮はマヤカシでしかない。

