立憲民主党の辻元清美参議院会長代行の国会質問が話題を呼ぶ。
質問の本命ではなかったはずのG7オンライン会議に欠席した高市首相の言い訳が二転三転どころか、何回も変転し、収拾がつかなくなっている事態を“主導”してきたからだ。
茂木外務大臣や官房副長官への質疑でも、ますます矛盾が明らかになり、もはや高市首相本人が自ら真実を吐露し、非があれば謝罪して国民に詫びるしか「道」がない状態となっている。
辻元議員の質問は常に冷静であり、強圧的なところが微塵もない。
「ずいぶん丸くなったな」との感想をSNSでの一般市民のものとして目にしたが、同様の印象を持つ人はほかにも多くいるはずだ。
安倍元首相も第1次安倍政権での失敗と挫折があったからこそ、第2次政権の長期運営が可能になった。
おしなべて政治家もそのようなものとすれば、辻元氏も多くの経験をへたあとに、いまの姿がある。
返す返す残念なことは、そうした力ある人材を擁する立憲民主党との“合流”を果たすことができず、むしろ別政党としての独立した道に追いやった中道改革連合の失敗した姿だ。
立憲程度の差異を包含できないでいて、天下を取ることなど土台、無理な話であろう。
参政党や、維新との合流が求められたわけではない。相手は最も政策が近いとされる立憲だったのだ。
排除の論理を貫けば、それは現在の日本共産党と同じ姿でしかなくなる。
口先だけの包摂と、実際の行動としての包摂は異なる。
中道改革連合の包摂は、実際は「口先だけだった」と私は総括する。

