私が小学校の高学年だったころ、父親の職場の上司がわが家に来て、私に面会を求めたことがあった。
父親を1年間、地方に出向させたいが、長男として了解してくれるかとの問いであった。
父親の人事異動の話をわざわざ子どもに確認しに来るのは一般的にはあり得ない話にも思えるが、今から考えると、父親が私が長男としての自覚をそろそろ強く持ってほしいとの親心から仕組んだか、話の成り行きからその人が自ら手を挙げたかのどちらかだったと思える。
当時、父親は官公労の労働組合の専従をしていて、その組合の地元委員長が来訪したのだった。
人間味のある人だったと記憶する。
そうして父親は1年間、長期出張で不在となった。赴任した先は「福島県」だった。
その後も、折にふれて季節の果物などが福島から届いた記憶がある。
年をへて私が大学入学のため上京し、最初に2人1部屋の寮生活となったとき、同室となったのはやはり福島県出身の2級上の先輩であった。
私が近年、沖縄空手の手ほどきを最初に受けたのも、やはり福島県在住の人だった。
父子2代にわたってこの県との関わりを感じざるを得ない。
15年前の原発事故で県民の一部がいまも日々被曝しているような状況下で、これから健康被害が露わになるとの話はやはり身につまされる。
特に最初の被曝時点が子どもだった世代は、その傾向が顕著なはずだが、この国は国をあげてそれらの事実を隠蔽するかのようだ。
すべてが「原子力発電の継続」という落としどころのため、膨大な利権が渦巻いている世界だ。

