物書きの世界において「人気」や「風評」といったものは雲を掴むような範疇だ。
蜃気楼のごとく、あやふやで、継続性を伴わない。
時代の波に応じていくらでも伸縮する、不確定なモノサシにすぎない。
少し歴史を振り返れば、戦前・戦中にはなばなしく活躍していた言論人が、戦後はまったく名前が消えてしまったような人は幾らでもいる。
要するに歴史的には本質的な部分が問われる世界であり、風評はほとんど関係がないのだ。
ただしその場しのぎの仕事(おまんま)のためには、人気(=知名度)にすがりたくなるのは人間の常である。
櫻井よしこや門田隆将らは、日本社会の時代の波に乗り、それなりの知名度があるかもしれないが、20年後はほとんど“名もなき人士”になっている可能性がある。
ファクトよりも、自らの政治的ドグマを優位に置く言論人には、普遍性は伴わないからだ。

