本日付日経の1面トップは、日本最大のメガバンクが軍事産業に融資を行うよう政策転換する方針が報じられている。
政官財が一体となって、軍事拡大、さらには戦争の方向へ歩みを進めている実態が明らかだ。
大元となったのは2015年の集団的自衛権行使の一部容認であり、2022年の防衛費倍増、先制攻撃容認という戦後政治における政策大転換である。
自民党と公明党が主導した結果であることは明らかだが、公明党は2015年の安保法制改訂ではギリギリのところで歯止めをかけたと強調(エクスキューズ)してきたが、2022年についてはもはや触れようとさえしない(=自分たちの責任になるのを恐れるあまりだ)。
だがこの2022年の改定が、いまの高市軍拡の「土台」にそのままつながっている現状を考えれば、公明党が果たした役割は到底看過できないものがある。
同党の支持母体である教団では、2015年の安保法制改正に向けて、会内から一定の批判意見が出て、一部は運動にも発展した。
だが、平和に基づく抗議の姿勢はそこで“息切れ”した感が顕著で、2022年の段階では、もはやそうした声すら発せられなくなった。
日本のファシズムはこうして、顕著に進んでいった経緯がある。
個人的なことだが、私は2015年ころ、政治には直接かかわることができにくい事情があった。むしろ覚醒したのは20年代に入ってからである。
だからこそ、今もこうして、微力ながら、真実と思われることを発信する。
教団が平和思想に基づく団体であることは間違いないが、政治との関わりの中で、その思想を貫徹してきたかといわれれば、多くの妥協を重ねてきた。
問題はそれが許容されるレベルかどうか、日本の将来に致命的な悪影響を与えないかどうかだ。
いずれにせよ、支持団体の構成員が無関心であったり、無批判であれば、事態は一層悪くなる。
教団と社会は、別個のものではない。

