やるべきことをやらず、やらなくてもいいことに一生懸命になる。それが現在の高市政権の姿だろう。
原油輸入減に対して楽観的な見通しを述べ続ける高市首相だが、これから夏にかけて庶民の暮らしへの影響はますます肥大化する。
本日付公明新聞によると、西田幹事長は、ナフサ問題に関し「政府の考えを改めさせていく」と鼻息荒い。
一方で高市政権は多くの軍拡路線と、治安立法(次はいよいよスパイ防止法)、さらに禍根を残すような手法での皇室問題の改変に着手する。
それに対し、野党第一党が自らの役割に徹することを十分に認識していないように見えることも、高市政権をアシストする結果につながっているように思えてならない。
政治は権力闘争の権化といえるものだ。政権を取らずに、自らの政策実現は達成しえない。
それには貪欲さが不可欠で、逆にその点で淡泊であってはならない。
むしろ大事なのは、その後に行うべき「政策実現」の中身だ。過去の民主党政権ではその点がかなり欠けていた。
昨日のコラムの続きではないが、軍事拡大一辺倒の「世界」のうねりを大きく逆回転させていく日本主導の平和外交、けっして揺らぐことのない地に足の着いた平和主義こそが問われる。その意味で、米国“追随”にすぎない高市政治は、真逆だ。
むしろその点では米中首脳会談で見られた中国に、お株を奪われた形だろう。

