本日付しんぶん赤旗は政治部長名で冒頭解散報道について書いているが、「追い込まれ解散」という指摘は本質を突いているものだと思う。本来なら予算成立後の解散を意図していたはずだが、それができない状況が「1月に入って」生じたため、選択肢の一つであった冒頭解散に切り替えたという構図が明白だ。言ってみれば「窮鼠猫を噛む解散」に近いものだろう。
本日付日経によると、首相就任から1年以内の解散は数多くあるものの、衆院任期4年間のうち、折り返し地点の2年以内で行う総選挙は1955年以降、わずか3例しかないという。そのいずれもが明確な国民の信を問う「理由」があった場合であり、今回は前回総選挙から1年4カ月で選挙を行うというのだから、相当なレベルの「大義」を求められることになる。
まして時期的には予算編成のピーク時期。国会議員という職業にとってもっとも大切な仕事は予算編成に尽きる。その仕事をほっぽりだし、政治空白を敢えてつくるというのだから、最初から「大義」はほぼ無いに等しい。
例えば国家存亡の危機を迎えて信を問わざるをえなくなったなどの緊急事態でもあれば話は別だが、要は高市内閣が自民党の衆院議員を増やしたいといった程度の思惑でしかない。これにはさすがに熱狂しかけている有権者も、頭を冷却する作用が生じるのではないか。
高市首相は自民党の単独過半数をめざしているはずで、その結果が得られなければ、冒頭解散の意味は薄い。逆にいえば、その結果を得られなければ、反対に責任を問われる事態となりかねない。

