再審法規定をめぐる刑事訴訟法改正案の国会上程がなされないままだ。自民党の良識派議員と、あくまでもメンツにこだわる法務・検察当局との間で“バトル”となっているからだ。

法務・検察は日本の最高権力の一つといってよい。政治家を逮捕起訴することも可能だ。時には首相ですらその対象となってきた。

だが、この捜査機関の恣意的な行動は目に余るものがあり、多くの冤罪事件をうみながら、今も反省する様子はない。

要するに建て前では「正義」を装うが、行動は「不正義」を容認するものということだ。

そこで別の権力組織である政治家側が、「正義」への軌道修正を図っているという構図だが、行政権力のトップである高市首相は、土日は自宅に閉じこもったまま、公けに仕事をしている気配はまったくない。

もともと検察の行動は自らの生存本能に基づくもので、自らの過ちを認めなくないという原始的な心情がある。

一方で高市首相も自らの過ちを認めたくない性分は広く知られており、総務省文書における出来事はそれをわかりやすく可視化するものだった。

いずれもプライドを持つ者同士だが、高市首相は自分の権力を「正当に」行使する意欲を欠いているようだ。

このままでは閣法が自民党法務部会で承認されないまま、通常国会で何もできないで終わるシナリオも取り沙汰される。

となれば、高市首相の政治姿勢はどこまでも「捻じ曲がったもの」との歴史的烙印が押されることになりかねない。

「権力」は大衆側の利益になるように使われるべきものであり、そのように運用されるべきだ。

国民の投票によって「権力」を手にした立場の者が、それを実行しないとなれば、その存在価値は無きに等しい。

政治の本質を問われている。

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