本日付産経で客員特別記者の石井聡という人が「『誰が組む』より何を競うか」と題して書いている。正論だろう。
そのコラムは、「政権が最も恐れるのは、反対する野党ではない。政権より高い水準の答えをもつ野党の存在である」とのフレーズで始まる。
その意味では、「現実的」という名のもとに中道改革連合が掲げた原発の半永久的な使用方針は、時の政権に対しては何の脅威も与えるものではなかった。
原子力ムラと癒着した自民党政権の方針と何も変わるところがなかったからである。
政治が国民の生命・財産を預かる仕事である以上、日本の東側半分に人間が住めなくなりかねない状況をわずか15年前に「体験」した同じ国で、政治家がこの問題に無関心であってはなるまい。
一般有権者が「のど元過ぎれば熱さを忘れる」のは致し方ないとしても、国民の生命・財産を守る最後のゴールキーパーであるはずの政治家が、一般有権者「以下」の行動をとってはもともこもない。
だが実際は、それが中道改革連合の「志」のレベルにすぎなかった。
冒頭のフレーズに戻れば、国土を人間の住めなくなる場所にする可能性をもつ原発を回避し、エネルギーの自給自足政策を組み上げて(=現政権より高い水準)、それを呈示する野党の存在。
それが生まれれば、政権には一つの脅威となるだろう。
私は、「現実的な」という言葉のもとで政治の劣化は進むものと確信している。

