本日付読売の企画記事「政治の現場」で、中道結成の経緯が詳しく書かれている。先の毎日新聞の大型連載よりさらに踏み込む形で、結党を主導したのが立憲の野田代表であった事実が明かされる。
立憲側の認識としては党の情勢調査で単体で戦えば50議席減という結果に危機感を覚えていたという。
一方、公明党側も「党勢低迷に危機感を抱いていた」。
ただし立憲サイドからすれば、結果論とはいえ、別々に戦っていればいまの21議席よりは多く取れていた可能性が高い。
事実上の創業者は、野田代表。
中道の敗北の印象が強すぎて、こんご10年間はそのイメージが払拭されないとのX投稿も目にした。「中道=失敗」というイメージが焼き付いて離れないというのだ。
となれば、次なる政権再編の選択肢は、国民民主が主導して中道を吸収することだ。その際、政党名も変化するだろう。
その前提が、中道への立憲・公明の早期合流となれば、先の公明西田幹事長の「統一地方選前の合流もありうる」発言は、理にかなうものに映る。
[政治の現場 混迷野党]<中>急造新党 失速のワナ…政策一致せず 支持層離反 : 読売新聞

