政権交代可能な野党の大きな塊をつくるという発想は悪くない。
問題はそれが自民党と似通った代わり映えのしないものであっては、意味が薄いことだ。
例えば、自民党政治とは主要政策において明確に異なる部分がないと、それを生かすことはできない。
一つは政治とカネの問題への潔癖性であり、さらに原発を極めて抑制的に扱う態度で自民党とは差別化されるべきだ。
さらに安全保障も、「抑止力向上」を御旗にした無制限の軍事力増強ではなく、一定のレベルにとどまり、それ以外の外交・文化交流などでの信頼醸成をより大胆に重視すべきだ。
さらに大きなリトマス試験紙となるのが「沖縄」だ。
この問題は古くは明治の琉球処分、さらにはそれ以前の時代からの流れがあり、近くは第二次世界大戦における「沖縄戦」において壊滅的な被害を与えた日本本土との関係性による。
現在の米軍基地反対運動が、沖縄戦の被害者の系譜に連なる以上、そこに立脚点をおくのは、自民党に代わる政治勢力としては不可欠の立ち位置に思える。
要するに、弱い立場のほう、困っている立場のほうに“寄り添う”という政治姿勢ともいえる。
この点に関し、中道改革連合は、判断の先送り、党内議論すら行わないという政党政治の否定のような姿勢をとっている。
この一点を見る限り、この政党に未来は感じない。口先だけの綺麗ごとと、現実政治の矛盾と真摯に関わるという行動とはまるで異なる事柄だ。
合流が実現するのなら、現在の立憲民主党にこの点において期待を寄せるほかない。

