私は戦後20年たって九州北部の地で生まれ、被爆地長崎の隣県で育ったので、小学校の修学旅行は長崎の被爆地コースだった。同地を複数回訪れている。
広島には同級生らの母親会があって、山陽新幹線が博多間で開通してまもない小学生の時期に訪れている。
小学校5・6年時の担任教師は日本共産党員バリバリの女性教師で、『はだしのゲン』の漫画を読むことがクラス内でほぼ義務づけられた。少年野球の打ち上げでは監督が「原爆許すまじ」の歌を歌うのを聞いて、しんみりとした思い出がある。
いわゆる昭和の戦争体験者や被爆体験者がまだ多く生き残っていた時代を共に過ごしてきた現在のアラウンド還暦世代は、基本的には戦後日本の平和教育を受けた。
日本の戦後教育は先の昭和の戦争の「加害責任」についてはきちんと教えてこなかったが、被爆国としての「平和学習」はそれなりに行われてきた。やはり教育が国の将来を形成する。
現在、日本も核兵器をもつべきとの主張が増えている。首相官邸の中にもそのような考えの持ち主がいて、新党の中道改革連合はそのような思想の人間は「官邸の中にいてはいけない」と主張している。
公明党の支援団体である教団の第2代会長は最晩年、原水爆禁止宣言という教団内では有名な宣言を神奈川の地で残し、それが遺命として伝わる。当然、公明党においても同様だ。
今回、中道改革連合という新しい政党が立ち上げられ、同じ理念をもつ人びとが幅広く結集した。衆院公明党はより大きな固まりとなって、日本の平和を推進する方向にカジを切った。
その最初の審判は1週間後ーー。日本の平和を脅かす「分岐点」となる重要な選挙だ。

