日本の右傾化がいつから始まったかについては1995年8月の村山首相談話を「起点」にあげる人が多い。
日本の戦争責任を認め、アジア諸国に反省の気持ちを明確にしたこの談話は、事実ではなく、感情において日本の過去を擁護したい人びとにとって目の上のたんこぶとなった。
極右団体・日本会議の事実上のスポークスウーマンの一人である櫻井よしこがこの談話を蛇蝎の如くこき下ろすのはそうした理由による。
97年には新しい歴史教科書をつくる会、日本会議がつくられ、バックラッシュが始まった。
この流れを政治的に固定化させる働きをしたのが、第1次、第2次で合計9年近く続いた安倍政権だった。
実は、いまの高市政権はその「延長線」にすぎない。
逆にいえば安倍政権がなければ、現在の高市路線のありようもなかった。
安倍政権を思想信条の理由からでなく、属人的な人間関係からバックアップしてきた公明党・創価学会が昨年10月、野党に転じ、さらに中道結集路線に歩みを進めたことは、この国の右傾化に大きなブレーキをかけることを意味する。
この事実をしっかりと見極めている人は現状ではごく少数だろう。
歴史の流れから見て、公明党の中道結集路線は、理にかなっている。
30年の時間をかけてつくられた社会現象を、いま一度“反転”させるには、同じ程度の時間がかかるものと見られる。
私は30年後この世にはいないが、今後10年間は尽力し、後継世代につなげる働きをしたい。

