昨日付の毎日新聞夕刊で佐藤千矢子専門編集委員が「中道はどこに行く?」というコラムを書いていた。
そこで中道はこの特別国会で再生できるチャンスが「何度かあった」にもかかわらず、ことごとくムダにしてきたと指摘する。
最大の事例は皇室典範改正法案への賛成行動だ。
「半ばだまし討ちのよう」な法案に対し、中道は「国民に寄り添う方向へ、政治を大きく動かす機会を逸した」と書く。
私もこの意見に同調する。
中道および公明は、天皇に関する問題で反対するような政党は、将来、政権与党に戻るときに足かせになりかねないとの目先の利害にとらわれたと言われている。ただしこの政局判断は、長いスパンで見れば明らかにマイナスだ。
何よりこの行動は、国会の歴史に刻印される。
男系男子で2600年つづく皇統といったフィクションが叫ばれ、それに中道と公明が賛同する格好となった。
いうなれば、南京大虐殺はなかった、慰安婦は売春婦だったという説を唱えるいつもの人たちと「同じ土俵」「同じ目線」に立ったことを意味し、まともな歴史観がある者からすれば、後世においてその行動がどのように見られるかは自ずと明らかだからだ。
「事なかれ主義」「目先の利害重視」「前例主義に囚われる」
これらはいずれも官僚主義の弊害として取りざたされるものだが、中道に巣食うこの『役人臭』が克服されない限り、この政党が浮揚することは今後ないだろうと見ている。

