慌ただしく日々を過ごしていると感じなかったが今年はヘビ年で年男だった。来年は午年という。
馬と聞いて個人的に連想するのは「千里馬(チョンリマ)運動」だ。北朝鮮問題を取材しているとき、社会主義の優越性を示すために、社会主義国の発展のテンポは1日に1000里走る馬に例えてそう呼ばれたと知った。
だが第2次世界大戦が終わった1945年から数えても、社会主義の「実験」が失敗に終わったことはもはや明白だ。元祖のソ連邦は崩壊、中国は異形の姿でそれを維持する。日本でも共産党はかろうじて存続するが、昔の日本社会党はすでにない。
社会主義国では「千里馬」に象徴されるようなプロパガンダの作法を切り離すことができない。それはそのまま現代中国の一つの側面でもある。過大な数字を並べるのは、この種のプロパガンダ手法の一環で、南京虐殺の犠牲者30万、日中戦争の犠牲者2000万などもその流れに位置づけられる。
翻ってニッポンだが、高市政権は軍事拡大に熱中、いつでも戦争できる国に仕上げようとの「千里馬運動」に躍起となっているかのようだ。安倍政治の“サルマネ”にすぎないと見られる政権だが、排外主義にも熱心で、外国人を「仮想敵」に見据え、多くの政策を打ち出す。
外国人のビザ更新の手数料を一気に5倍にするという激変政策もその一環だ。
それでもこの国の未来を考えた場合、外国人に選ばれない国になったとたん、ニッポンは消滅に向かわざるをえない。その意味では、完全に逆方向の政治を行っているのであり、この場合は“迷走する千里馬”と例えるしかない。
「日本が生き残るには、多文化共生社会を形成して、外国人が生きやすい国にするしかない」
本日付東京新聞コラムに掲載されたある人の言葉だが、政治が目標地点を間違えば、国は亡びる。速いだけで行き先を間違えたような「駄馬」なら、日本にとって害悪でしかない。

