本日付の各紙を読んでいると、アメリカのイラン攻撃に関する日本の対応について、2つの意見が垣間見える。
ひとつは目先の利益のためには旗幟を鮮明にせず、「曖昧でいい」とする本日付産経・阿比留瑠比論説委員のような立場だ。
私から見るとこの記者は「権力者のポチ」として生きることを選んでいる人なので、特段不思議な気はしない。要するに機に応じて自らの信念を述べないキツネのような生き方を推奨しているようにしか見えない。
一方で近ごろよく引き合いに出されるのが、明日来日するカナダのカーニー首相の言動だ。ダボス会議で「原則と現実 カナダの進む道」と題する演説で、トランプ政権が国際秩序を揺るがしている面を批判した。まさに正論として国際社会で注目された。
ただし冒頭のイラン攻撃ではカナダはいち早く米国に支持表明する矛盾も示している。
本日付日経コラム「大機小機」は、米国がイラン指導者を「殺害した」と明確に書き、「世界秩序は完全に崩壊した」「日本は同盟国の米国におもねらず、自国の立場を明確に訴えていく責務があろう」と書く。
危機や問題に直面した際の人間の行動には大きく2パターンがある。
見て見ぬふりをして穏便に振る舞おうとする立場と、全体観に立った上での適切な行動(時には孤立を恐れず正論を叫ぶ姿勢)だ。
阿比留氏が説くのは、日本人を前者の立場にたつように仕向けるようなもので、私にはとても「まともな愛国者」とは思えない。
人類社会の全体のルールが毀損されているときは、その事実を相手に明確に伝えるべきであり、国際社会に向けて自らの立場をきちんと発信するのが人間としての自然な振る舞いであろう。

