過去の一時代に「マスコミ帝王」と謳われた社会評論家の大宅壮一はさまざまな造語で知られる。「一億総白痴化」「駅弁大学」などが有名だが、人物論においても独特の見解を持っていた。
この分野は大宅が得意としたジャンルの一つだったが、人物論を書く場合はけなし過ぎてはダメで、さらに褒めすぎてもいけないという主張を持っていた。
大宅による適正基準は、3対7で、4対6では読者が嫌になるというものだった。
3とか4は批判の比率を指している。
つまり、批判が3なら適当だが、4になると批判しすぎという意味だ。つまり批判が2や1では褒めすぎということになる。
まして0なら何をかいわんやということになる。
たとえば門田隆将はほぼ高市批判を行わない。産経の阿比留瑠比論説委員がほぼ安倍批判を行わないできたのと同じことである。こういうのを業界では「ポチ」と名づける。
さて、当方はどうかとなれば、私は公明党にたいして0ではない。多少の批判をする。それでも大宅が言うように3とはいかないだろう。ただし問題は量ではなく、質だ。
一方、高市首相に対してはどうか。私の場合は3にはとどまらないと思う。さらに惨敗したばかりの中道改革連合にこの時点で批判を投げかけることはたやすいが、それでは落ちた犬を叩くの類いでしかない。
以上は人物論の記事を書く場合の一つの基準にすぎないが、一般読者に最後まで読んでもらうには3対7くらいの比率がもっとも効果的という、大宅ならではの経験に基づく結論であったと感じている。

