高市早苗首相の誕生を仕事として待ち望み、共に講演活動を続けて来た「中立性のないジャーナリスト」に門田隆将がいる。いまも高市マンセーの映像を垂れ流す存在だ。
「愛国商売」の権化ともいえる人物ではあるが、その本質を覗いてみると極めて単純なことがわかる。
ひと言でいえば、どこまでも“狭量”という言葉につきる。とにかく小さい。肉体ではなく、その精神性がだ。
彼が誰の利益を代弁しているかといえば、自分、自分の周りの家族だけで、実際はそれ以外はすべて利用する対象物にすぎない。
わかりやすく利用するには「愛国者」ぶって、国を擁護している存在と見せかけることが一番有効なのだろう。
どこまでも小さき精神性は、国際的規模で物事を考える能力に乏しい。
隣国を「敵」と認定したら、そこから離れる思考がまったく存在しない。「敵」に同調する人間は「非国民」との戦前ばりの言説を日々発信する存在にほかならない。
日本の世論はすでに戦後80年をすぎ、免疫が弱い(特に若者)。だから簡単に影響される。
こうしたニセモノに対し、最近はSNS上でもきちんと本質を見抜く言説が増えていることはいい傾向と思える。
週刊誌記者あがりの驕り高ぶったヘタレが、正しく評価されることは、社会の健全化に寄与する。
門脇護は、本来ならこんなコラムで論評されること自体がおこがましいレベルの行動をとってきた人物にすぎない。

