この半年余りの中道改革連合の合流に向けたチグハグさは、将来ビジョンの2つの方向性をめぐる乖離が大きく影響している。
対外的な建て前は、立憲・公明を主体とする政治グループで非自民の政権交代を成し遂げることであり、もう一方で、高市政権後の穏健な自民党政権と連立政権を組むという現実的な方向性がある。
いわば2つの頭をもった竜のような姿であり、そのため同じ胴体を持ちながらも、2つの竜がバラバラの動きを見せることにつながった。
中道3党が前者の政権交代をめざすことで統一されているのなら、政策がバラバラになる事態はあまり考えられない。皇室典範しかり、他にも多くの政策課題で3党は、先の特別国会で結果的に統一されてきたわけではない。
一方で自民党政権に戻るという野心があるためゆえの皇室典範における中道・公明の賛成行動であり、沖縄で公明党が固執する非共産の枠組みともいえる。
そこにあるのはあくまで目先の利害であり、国民の生命を守るという本来の政治目的とは異なり、自分たちの存在を優先する姿に汲々とするものとしか映らない。
確かに前者の道のりは時間がかかり、いつ実現できるかもわからない遠い道のりに現状では見える。
だが「急がば回れ」の教訓は、ここでも生きていると私は信じている。「急いては事を仕損じる」も同様だ。
国家100年の計とまではいわずとも、30年の計くらいは求められるというものだろう。そうした俯瞰した思考を併せもつ政治家はむしろ稀である。
安倍晋三も、目先の自分の政権維持優先の政治を行ったにすぎなかった。だからこそその後は国力低下した“枯れ山”となっているのが、現状の姿だ。
政治は人が行うものである以上、最後は人で決まる。
「本物の政治家」を育成すること。迂遠ながらこの事実を超える本質はない。

