武術においては「見えていない」状態はそのまま「死」を意味する。この原理は社会全般に普遍化できる。
東日本大震災からわずか15年。本日付でも東京新聞が特報面で「あんなすさまじい事故が起きたのにたった15年で忘れられていく」の見出しを立てた。
記事本文では「15年で福島の事故を忘れ、原発の最大限活用とは堪え難い愚かしさ」と記述する。
昨日付毎日夕刊でも、特集ワイドで飯田哲也氏が興味深いインタビューに応じていた。結論となるのは次のような言葉だろう。
「世界で進む文明史的なエネルギー大転換という現実に背を向けて未来がありますか」
原発問題はやはりこの国の主要な政治テーマの立ち位置を譲らない。
わずか15年前の教訓すら放り投げて「原発ゼロ」の言葉を“覆い隠した”政治行動には、すでに「政治上の死」が内包されていたと総括すべきなのだ。
「見えていない」ことはそのまま「死」を意味する。中道改革連合にも同じことがいえる。反省すべきは特に旧公明党側だ。

