安倍晋三氏が撃たれた日の朝のことはよく覚えている。

私は日本共産党がかつて起こしたテロ事件「白鳥事件」の取材のため北海道旭川にいたからだ。その日は1週間の取材を終えて、東京に戻る日だった。

ホテルで朝のお勤めを終え、レンタカーを運転して旭川空港に向かう。

安倍元首相が撃たれたとの報に接したのはスマホに飛び込んできた文字列からだった。ちょうど空港のレストランで昼食をとろうと注文したか、席に座ったかの時間。思わずのけぞった。思いもしない出来事だった。

追加情報が続々と流れ、心肺停止の報も届く。すでにこのとき、元首相は絶命した状態にあった。

私は「白鳥事件」というこれもピストルを使った事件を取材する渦中にいたので、このニュースがそれとダブって思えた。なぜなら安倍首相を撃った犯人は2回発砲したと伝えられたが、白鳥事件も2度撃たれていたからだ。

背後から銃撃したのも似ていた。

それでも後から考えれば、あんな手製のパイプ銃で撃った弾が致命傷になるという事態は、かなり少ない確率と思えた。運がよければ急所を外れたはずだったからだ。

首相になるのも天命なら、暗殺されて命を落とすのも運命なのか。

トランプ氏がその後、演説中に銃撃されながら、“かすり傷”で終わったのとは対照的だった。

上記のような話を、私は2023年12月に上梓した『実録・白鳥事件』のエピローグに収録した。後世に残すべき事柄と感じたからだ。

山上被告は安倍晋三を憎んでいたわけではなかった。憎んだのは韓国カルトの邪教・統一教会であり、その広告塔とみなした安倍氏をたまたま襲撃対象にしたにすぎなかった。

幾重にも運命のたて糸とよこ糸を感じさせた事件。だが統一教会と自民党政治家の関係は、いまも十分に解明されないままだ。

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