70年ぶりの予算編成
日本経済新聞だけだが、石破政権が歴史的にどのような位置づけの内閣か時折報じることがある。本日付でも少数内閣で予算編成を経験したのは鳩山一郎政権以来の70年ぶりの出来事であったことを繰り返し紹介する。70年前は政権を安定さ […]
企業団体献金について
この問題の最大のネックは政治が捻じ曲がる点にあると感じる。必然的にワイロ性を伴うこの献金によって、本来保護されるべき弱者が、逆に保護されない方向に向かう局面のことをいう。端的にいえば、法人税を上げず、消費税を上げてきた政 […]
「勝てば官軍」の弊害
安倍元首相は第1次政権下で行った唯一の国政選挙、参院選においてこれほどにない見事な惨敗(先の7月参院選よりさらにひどい負けっぷり)を喫したが、いまの石破首相と同じように「辞めない」選択をし、その挙げ句、体調を崩した。選挙 […]
参政党から学べること
結党してわずか5年の政党が国会の“台風の目”となっているためか、多くのジャーナリストがこの党の研究・取材を始めている。恥ずかしながら、私もその一人だ。同党はもともと日本共産党や公明党をモデルに始めたとの新聞報道があったが […]
戦後80年の「8・15」
敗戦記念日となる本日の全国紙面は特色が分かれた。編集幹部の熱量がそのまま紙面に表れた形だ。通常のルーティーン的な特集という印象を受けたは朝日、読売、産経。一方で並々ならぬ熱量で紙面をつくったことが明らかに見えたのは毎日新 […]
日航機事故から40年
日航機墜落事故から40年となる朝である。1985年8月12日夕刻、私は大手町の日本経済新聞社の編集局にいた。当時、アルバイトをしていたからである。共同通信のピーコ(速報)でその事故のことを聞いた。それから編集局内は騒がし […]
東京大空襲を予見した桐生悠々
1933(昭和8)年の今日、信濃毎日新聞の社説で「関東防空大演習を嗤う」を書いて同新聞社の辞職に追い込まれた桐生悠々という言論人がいた。1941年9月に68歳で亡くなっており、日米開戦には接していないが、軍部政府に抵抗し […]
