創価学会の第2代戸田会長が教団の拡大とともに同じ宗教地盤から各級議員を輩出することを決断したとき、初めて立候補する弟子たちを相手に、崖から突き落とす思いであったことはよく知られる。
この中からいったい何人が「本物の弟子」として這い上がってこれるだろうかという不安な心境だった。
どの世界にもその現象は見られるが、特に政治の世界は権力の中枢であり、“権力の魔性”と呼ばれる大きな渦が巻いている。備えのない人間は簡単にその渦に巻き込まれる。
妙法の土壌をもつとき、それ自体が大きな防止策になるというが生命論の立場からの理解だった。
公明党は23年間、国政与党の立場にいたが、どちらかというと自民党に遠慮をしながら、ごく例外的に主導権を発揮する場面が時折あるといった形で、結局のところ、原発ゼロ社会も、教育の質的向上も、少子化対策の解決も、未来にむけた外国人と共生する社会の実現も、重要な政策ではほとんど明確な結果を残せてこなかった。
半面、世論を無視した防衛費倍増(いまの高市大軍拡につながる)、庶民イジメのインボイス制度の導入、罪のない外国人を地獄に落とす政策の立案・実行など、およそ“与党ボケ”としか思えない政策も実行してきた。
先の総選挙で中道改革連合が、原発容認に舵を切ることで立憲支持者の票を大きく失った事態や、自民や財務省に忖度してインボイス制度を導入する側に回りながら、いまになって中道がインボイス「廃止」を公約に掲げる姿などは、いずれも腰の据わっていない政治姿勢を象徴する場面だ。
公明党を創設した池田第3代会長が常々強調したことは「悪とは徹底して戦え」という言葉であった。その悪は現実には心の内面に宿っている。
私は「妙法のジャーナリスト」の立場から、公明党を含む政治勢力の中にある悪とは、こんごは徹底的に闘っていくつもりだ。それがひいては同党や日本全体を守ることにつながるという信念からである。

