15年前に運が悪ければ「東日本壊滅」の事態を招くはずだったこの国の原発事故は、危機一髪のところで偶然にも発生した水が4号機プールに流れ込み、最悪の事態を逃れた。
まさに“現代版の神風”に近かった。
それでも「事故をひとたび起こせば取り返しのつかない事態を招く」(青木美希氏)原発に政治家はこだわりつづける。
強固な原子力ムラが形成されており、公明党もその一角を占める。
原発事故からまもない時期は「脱原発」の世論が強かったため、同党はそちらの方向を政権にとらせるよう進言したこともあったが、あえなく撃沈。
さらに岸田政権になってからは、原発回帰の方向を“後支え”し、目先の利益を追う姿勢が顕著となった。
1回目は自身の無力から断念し、2回目はわかっていながら同じ過ちの方向へ敢えてカジを切った。
そこに国民の生命を守るという信念は見事に欠落している。
当然ながら、原子力と生命尊厳は両立しえない。
「事故は起きないだろう」という根拠のない楽観主義があてにならないことは、3・11の事態でとうに証明されている。
中道の「生活者ファースト」が真実かどうかは、この問題が最大のバロメーターになる。

